【FILMS】那覇中学校 修学旅行

復帰前の那覇中学校の修学旅行の映像。復帰前と言うこともあり、修学旅行は県外ではなく沖縄本島北部で、バスでの移動になります。撮影者はバス会社の人で、旅行の思い出と言うよりはバスの移動を撮るのが目的だったようです。

N0. 0425-00
撮影者 : 匿名
タイトル:那覇中学校修学旅行

本編時間: 13m14s
主なロケ地 : 那覇市立那覇中学校 (沖縄県)
撮影時期 : 1967年10月
撮影メディア : 8mm Film
スキャン方式 : Frame by Frame

時代は昭和42年。僕らの時代は中学の修学旅行は九州旅行でしたが、さすがに復帰前はさすがに本土に行くのは難しかったようです。当時もマンモス校だった那覇中学は16台のバスを連ねて大移動を行います。

▲那覇中学の校庭に整列する16台のバスと学生たち。

まずは那覇中学校の北口から次々と入ってくるバス。その数は全部で十六台。並んでいるだけで壮観です。

バスが学校を出発したあと、潮渡川沿いに前島三丁目を通り、一号線に向かいます。川の法面が土手になっており、それほど整備されていないのがわかります。下の写真の左奥から二番目の建物は若松国映という映画館です。撮影は一号線(現国道58号線)の橋の辺りから撮っています。

» 若松国映 | 『沖縄映画興行伝説』

▲潮渡川(前島三丁目)。後ろに若松国映が映っている。

そこからバスは一号線をひたすら北上していきます。最初に映るのは浦添市の城間辺り。兼次部品店は1969年のゼンリン住宅地図などにも掲載されています。

▲一号線の浦添市城間のあたり。兼次部品店の看板。

その後、比謝橋を越えて恩納村に入り、山田温泉の脇を抜けて、名護へ入っていきます。途中壁面に「SONY」のロゴが描かれた壁が登場しますが、どの辺なのか気になります。

▲比謝橋の辺りと思われる。

 

▲SONYと描かれた壁面。恩納村の辺りか?

最初に着いたのは旧運天港です。特徴的な稜線と、古宇利島が映るところで判明しました。旧運天港は以下のリンク先の八ミリでも撮影されています。

» 旧運天港 | 沖縄アーカイブ研究所

▲旧運天港で休憩。

その後、今帰仁城跡、琉球セメントの見学などの要すが映し出されています。

バス会社が撮影したために、学生の姿は遠巻きにしか記録していないのが残念ですが、マンモス校のバス移動は、なかなか見ごたえがあります。

(文:真喜屋力)

▲バスガイドさん勢ぞろいで記念写真。(クリックで拡大)
▲唯一、表情のわかる学生の映像。

 

 

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