
アメリカの独立記念日のころに開催されていたカデナカーニバル。もともとは沖縄の人々を締め出して作られた東洋一の米軍基地こと、嘉手納空軍基地ですが、この日ばかりは日本人でも入場が許されます。まるでハリウッド映画に出てくるような、アメリカンスタイルのカーニバルを堪能できるということで人気のイベントです。ゴーカートはもちろん、移動式の巨大遊具の迫力は、今見ても圧倒されます。
No. 0037-06
タイトル:カデナカーニバル1
撮影者:遠藤保雄(Yasuo Endo)撮影メディア : 8mm Film/Color
本編時間: 2m32s
撮影時期 : 1970年ごろ
主なロケ地 : 嘉手納米軍基地内 (沖縄県嘉手納町)
スキャン方式 : Frame by Frame
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嘉手納基地
フィルムには特に表記はありませんでしたが、前後に編集されていた映像から、1970年の嘉手納カーニバルだと推測される映像です。
入り口の看板
基地の中に建つ立て看板には「KADENA KARNIVAL」と書かれています。スペルが違いますが、デザイン上の遊びなのでしょう。
爆音のゴーカート
ゴーカートは電動のかわいらしい物ではなく、爆音を立てて走るガソリンエンジン。スピードもけっこう乗っています。そのため年齢制限があり、登場する子供たちのうち、弟はフェンスの外から眺めているという悲しい思い出が映し出されます。
巨大遊具のネーミング
このフィルムでもっとも印象的なのは、他では見たことの無い巨大遊具が登場するところでしょう。中でも目を引くのは空飛ぶ円盤です。丸い窓の奥に人の顔も見えています。

手前の看板を見ると「FLYING TIP TANK」と言う名前が書かれています。そこには日本語で「空飛ぶ戦車●●に乗りましょう」という文字も見えます。これは恐らく空飛ぶ円盤のことではなく、反対側にぶら下がっているトンガリロケットを指しているのでしょう。

このカットの一つ前の長いパンショットの最後に”空飛ぶ円盤”の乗り場が映っています。そこにも看板があるのがわかります。ぼけていて読みにくいのですが、”FLYING SAUCER(空飛ぶ円盤)”の文字はぼんやり見ることができます。乗り物の形も違うので、乗り場はそれぞれ別に作られていたのかでしょうか・

そのパンショットの冒頭部分に下半分だけ見える、やはり円盤上の回転遊具らしきものが映ります。恐らくドーナツ状の内部に入ってぐるぐる回るような物なのでしょう。むき出しの櫓とモーター部分が不安というか、スリルを誘います。この乗り物の左側には看板が出ています。

この遊具の看板には”FLYING DRAGON(空飛ぶ龍)”の名称があります。ドーナツ状の遊具が、なんでDRAGONなのかと思ってよく見ると、遊具に龍の絵が描かれていました。


824TH CIVIL ENGINEERING
遊具の看板には、どれにも「824th CIVIL ENGINEERING」と書かれています。看板の日本語には「第824設営団」と書かれているようです。現在の嘉手納基地は第18航空団、第733航空輸送隊、第82偵察隊、第390情報隊の混成舞台からなっています。
上記の記事によると1965年から1974年の間は”824th Combat Support Group”が、基地の運営をしていたようです。名前からして、そのグループの中の部隊なのかもしれません。
(文:真喜屋力)
読者からのコメント:基地にいる沖縄県職員の数から判断すると、嘉手納空軍基地が「沖縄人を排除するために建設された」という意見には私は反対せざるを得ない。 これに、毎日出入りするサービス業の人の数を加えます。 農家が基地内のエーカーに到達するために使用した基地への無数の未記録の方法は言うまでもありません。 そして最後に、第 2 ゲートエリアの警備が完全に欠如しており、ほぼ誰でも基地内外を歩くことができました。
基地は沖縄県民を排除するのではなく、沖縄県民を受け入れた。
おっしゃるとおり「嘉手納空軍基地が「沖縄人を排除するために建設された」」分けではなく、あくまでも軍事施設として作られた物だと思います。ただ土地を無理やりとりあげたことが禍根を残し、戦前は自由に入れた土地が立ち入り禁止になったことも事実です。受け入れ賛成、反対の言葉が極端になると、平行線にしかなりませんので、歴史を踏まえた上で現状をより良くできるように考えたいと思います。
アーカイブを見ていると、かつては基地の周囲にはフェンスもなく、自由に出入できる範囲も広かったようで、たいへん興味深いです。