【FILMS】南極観測船「宗谷」寄港

1961年の4月16日。沖縄県に南極観測船「宗谷」が来航しました。その歓迎式典の様子を撮影した映像です。大勢の人々が訪れ、盛り上がっているのがよくわかります。宗谷は1938年に進水した船で、今年でちょうど80周年の節目を迎えました。

N0. 0030-01
撮影者 : 遠藤保雄
本編時間: 6分53秒
主なロケ地 : 那覇港 (沖縄県那覇市)
撮影時期 : 1960年4月16日
撮影メディア : 8mm
スキャン方式 : エリアルイメージ方式

南極観測船「宗谷」は戦前にソビエト連邦からの発注で作られた船ですが、第二次世界大戦が始まり船の引き渡しができないうちに、日本海軍の所属となり、戦後は海上保安庁、そして南極観測船として活躍という、波乱万丈な生涯を送り、現在は東京の「船の科学館」に展示され、余生を送っています。

» 宗谷(船) Wikipedia

1961年の来沖では、沖縄出身の甲板長 嘉保博道さんが乗っていたことも、当時のマスコミでは大きく取り上げられ話題となりました。下記のブログにも紹介されています。

» 「ヒゲのボースン、南極から帰還す」 沖縄の風景

セレモニーの様子

映像は宗谷がタグボートに曳航され、那覇港に入港する場面から始まり、セレモニーの様子まで撮影されています。

「宗谷」は、港湾施設のメインゲート前の岸壁に、舳先を海に向けて停泊していたのが、映像からもわかります。位置関係の見取り図が、当時の新聞に記載されていたので、あらたに書き起こすと下の図のようになります。

▲那覇港でのセレモニーの見取り図(当時の新聞より)

セレモニーの状況は、当時の新聞に以下のように記されていました。

式は与世山官房長のあいさつではじめたが、大田主席、安里議長、ア民生官はいずれも観測隊員と乗組員の健闘をたたえ、沖縄寄港を心から歓迎するとのべていた。答辞にたった立見隊長は「盛大な歓迎に隊員一同感激している。この機会に全隊員が実際の沖縄を見て帰りたい」とのべ、明田船長も「住民の盛大な歓迎に乗組員が心から喜んでいる」とあいさつした。そのあと立見隊長と明田船長に花束がおくられ、二時式を閉じた。

沖縄タイムス 1960年4月10日

引用内で省略されいる名前は、大田政作首席、安里積千代立法院議長、アンドリック民生官。

アメリカの軍楽隊と、学生のブラスバンドらしき人々が映っていますが、新聞によると、アメリカ第三海兵師団の楽隊や、商業高校、首里、普天間、コザ高校の混成ブラスバンド演奏で盛り上がったと書かれていました。

また特筆すべきは、沖縄テレビの中継カメラらしきものが映っていることでしょう。カメラの巨大さや、望遠レンズの長さなど、当時の放送技術の状況がおぼろげながらわかります。

映像の最後はセレモニーを終えて、ゲートに向かって帰る人々が映ります。コカコーラや、バヤリースの出店が映し出され、ちょっとしたお祭り状態だったのがわかります。

▲出店と出入り口付近のパノラマ〔クリックで拡大)

(文;真喜屋力)

 

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