【FILMS】与那原海岸で大綱引き

1973年の与那原大綱曳の映像と思われます。埋立て前の与那原海岸など見所も多い映像です。

No. 1814-04
タイトル:与那原海岸で大綱引き
撮影者:桃原稔(Minoru Toubaru)

撮影メディア : 8mm Film/Color/18fps
本編時間: 10m1s
撮影時期 : 1970年中ごろ
主なロケ地 : 与那原海岸 (沖縄県与那原町)
スキャン: Frame by Frame

フィルムの前半は大綱曳が始まる前の映像で、現在は埋立てられて無くなった与那原海岸を散策する家族の姿。後半は大綱曳の様子を、海岸に建つ展望台より観戦する様子が記録されています。

▲埋立てられる前の与那原の海岸。

与那原海岸の8ミリ映像は他にもありますが、1970年当時までは海水浴や潮干狩りなど、行楽地としての賑わいも見せていたようです。映像にも映っていますが、近くには伝説の遊園地「与那原テック」もありました。

▲与那原海岸から見た与那原テックの乗り物のレール。

海岸には倒立した円錐のようなモダンなデザインの展望台がありました。今も残っていればなかなか映える場所だったと思いますが、現在では跡形も無くなっています。海岸自体が埋立てられたのですから、残っているはずもないのですが。この展望台は大綱曳の観戦場所としては人気があったようで、他の与那原大綱曳の映像では、下から展望台を撮影した映像があり、そこには多くの観客があふれていました。

▲ID 0274-03『与那原の綱曳』で登場する展望台の映像(動画リンク→)。

また下記のリンク先の映像では、大綱曳ではありませんが、鮮明な映像で展望台が映っています。

» 沖縄カブスカウトと行軍 | 沖縄アーカイブ研究所

綱曳の始まり

消防車が出動し、大綱曳きの会場に水を撒いている所が映されます。これは砂ぼこりを押さえるためですが、与那原大綱曳にとって重要な意味が含まれています。この後、大綱曳が始まると、大綱を引っ張る人々とは別に、大綱を上下に振動させる人々がいます。宙に浮かせて引張しやすくするためなのかも知れませんが、その振動のために砂ぼこりが舞い上がるからで、そう言った様子も映像から見て取れます。

入場した大綱引きには、仕度(したく)と呼ばれる琉球芝居を題材にした扮装の演者たちが、大綱の上に乗って登場します。与那原町ではこの時の演目が毎年変わるので、映っている演目がわかれば撮影年代の特定ができます。

沖縄テレビの取材でこのフィルムを与那原町の人々に、この映像を観てもらうことができました。結果、この人込みの中に「阿摩和利」と書かれた旗を発見。そこで、これは1973年7月29日の仕度の演目「護佐丸と阿摩和利」であろうと言うことが判明しました。

▲動画の拡大画面。赤丸の所に「阿摩和…」と言うも字が読める。

復帰の前後による変化

ここで、以前公開した1970年の「与那原大綱曳」の映像と比較したところ、おもしろい発見がありました。入場時には、大綱の先端に旗が掲げられているのですが、復帰前の大綱にはアメリカ国旗の星条旗と日の丸が並んでいたのですが、復帰後は星条旗が消えていました。日本復帰したので当然と言えば当然ですが、時代の変化を目で見て確認できる興味深い事象だと思います。

▲1972年の沖縄の日本復帰を挟んで、星条旗が消えていることが判明。

綱を落とす瞬間

そして与那原大綱引きのもう一つの特徴として、綱を引く合図があります。大綱は全員で担いで運び、街を練り歩くのですが、綱引きが始まるまではずっと担がれた状態です。いよいよとなって、よーいドンで地面に大綱を落とし、その落ちた瞬間から勝負が始まります。その大綱の上には、先ほど書いたように、仕度の人々が乗っています。彼らもいっしょに地面に落ちるわけです。

今回の俯瞰からの映像のおかげで、落ちた大綱から仕度の皆さんが飛び降りる瞬間までキレイに映っていますので、そこは注目ポイントでしょう。

(文:真喜屋力)

▲綱曳が始まる瞬間(拡大 スロー)

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