【FILMS】宮古島への帰郷 1981

「宮古島への帰郷」第三弾。第一弾からちょうど十年。宮古島の変化を切り取っています!

N0. 1466-00
撮影者 : 山里景吉 (Keikichi Yamazato)
タイトル:宮古島への帰郷 1981

本編時間: 13m45s
主なロケ地 : (沖縄県宮古島市荷川取)
撮影時期 : 1981年8月
撮影メディア : 8mm Film
スキャン方式 : Frame by Frame
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主なロケ地表示(Google Map表示)
砂山ビーチ

 

これまで「宮古島への帰郷」と言うタイトルで1971年、1973年ときて、三つ目の1981年を公開します。

三つのフィルムを続けて観ると、それぞれが異なる特徴を持っている事に気が付きます。

日本復帰直前の’71年は、帰省して久しぶりに会えた家族や近所の風景が。
日本復帰直後の’73年のフィルムには、観光地や名所旧跡など、変化の兆しを写しながらも、ある種の前向きな地元アピールが感じられます。

ところが最初のフィルムから10年後に撮影されたこの’81年8月の映像には、変化への戸惑いが映っているように思います。

埋め立てによって急激に変貌する島の風景が次々と映し出されます。自然の海岸線が失われ、なおも埋め立てが進められる工事の風景。並べられたテトラポットは、さらに海に沈められるのでしょう。

そういった変化を撮った後に、延々と映されるのは、住み慣れた集落の路地を撮った移動ショット(今風に言うとドラレコ映像)。それはなんだか、失われた風景に触発され、まだ残っている集落の風景を慌てて記録しはじめたように私には見えます。皆さんはどう感じるのでしょうか?

せこい話ですが、8ミリフィルムのコストは、3分ちょっとで3,000円くらいかかります。ビデオテープのように取り直しや、上書きもできない。だから何も考えずにダラダラ撮影すると言うのは、よほどの思いがなければやりません。何も起こらない路地を延々と撮ると言うことは、撮らずにはいられない何かがあったのだと思います。

とは言え、その貴重さが本当にわかるのは、僕のような那覇の人間ではなく、地元である宮古島の人々。少しでも多くの方に観て、懐かしんでいただきたい映像です。

(文:真喜屋力)

 

▲開発が進み、大きく様変わりする港の風景。

 

▲沿道にテトラポットが、次の埋め立てに向けて出番待ちで置かれている。

 

▲人頭税石。Googleストリートビューだと背後の家は今も健在のようです。

 

▲路地を抜ける長めの移動ショット。商店前にゲンキ牛乳のトラック。

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