『ジュリ馬 1965』クラウドファウンディング

いよいよクラウドファウンディングの期間も終了間近。ご支援くださった皆さまありがとうございます。

» 記録映像「ジュリ馬フィルム」をデジタル化して無料配信したい

僕自身がこのフィルムに出会い、かつての辻を調査するようになり、様々なことを学びました。今思うのは、首里城がコインの表だとすれば、辻は裏側であったということです。だからこそ、琉球王朝の時代から続いていたのだと思うのです。

これまでに辻はなんどか消えかかってきました。戦争で焼け野原になった時は、区画整理で全てがブルトーザーで消し去られ、住宅街として生まれ変わるところでした。復帰の直前には、辻と言う住所をなくして、久米4丁目としてしまおうという案もありました。どちらも戦前の公娼制度のイメージを払拭する目的がありました。しかし、一方では「トルコ風呂(現 ソープランド)の規制外地に指定」(様は容認する地域に指定)することで、今の辻ができあがったという現実もあります。

数えきれない悲劇がそこにはあったと思いますが、その悲劇の本質は沖縄(琉球)全体に内在する問題だったのだと思います。首里城が輝かしい琉球文化の象徴だとすれば、そのしわ寄せの象徴が辻だったのではないでしょうか。コインの表裏のような関係がそこには感じ取られます。

今回デジタル化を行うフィルムは、戦後のアメリカ世の時代の映像ですが、戦前の遊廓の人々が作った料亭の勢いがあり、アメリカ人相手のバー街が隆盛を極めた時代の、活気のある祭の映像です。長い歴史の延長線上に受け継がれた文化が映り込んでいます。ジュリ馬は1988年で一旦打ち切られ、現在は復活していますが、残念ながらかつてのような町全体の盛り上がりはなくなっています。

この映像を見る人が、その差分を感じ取り、歴史を否定するのではなく、隠れた歴史の紐を解いてくれるのではないかと、僕らは期待しています。嬉しいのは、この映像を見た辻の関係者が、かつての祭の形を再現できないかと話していたことです。かつての姿を目にすることが、未来に何らかの影響を与える。それこそがアーカイブにとって最も嬉しいことです。

さて今年ももうすぐ旧暦1月20日の二十日正月がやってきます。今回のクラウドファウンディングを成功させ、みんなの力で『ジュリ馬』とそれが象徴する沖縄全体の歴史の証言を形にし、公開して行きたいと思います。どうぞご期待ください。

 

沖縄アーカイブ研究所
プロデューサー
真喜屋力

ジュリ馬フィルム告知用 from 沖縄アーカイブ研究所 on Vimeo.

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*