【FILMS】那覇中学校 第28回運動会

那覇中学校の運動会の記録です。1974年ごろの撮影というのは、どれくらい正しいのかというのもありますが、少なくとも復帰以降の70年代の映像と思われます。

N0. 0754-03
撮影者 : 匿名
タイトル:那覇中学校 第28回運動会

本編時間: 8m41s
主なロケ地 : 那覇市立那覇中学校 (沖縄県那覇市松山)
撮影時期 : 1974年ごろ
撮影メディア : 8mm Film
スキャン方式 : Frame by Frame

実は僕は那覇中学の卒業生で、生れも育ちも地元。那覇中学校の校舎はもちろん、平の向こうに見える建物も、どれも懐かしく思えます。

最初に年代について書いておきます。このフィルムが巻かれていたリール(No.0754)には三つのエピソードが繋がっていました。その最初のエピソードの年代が1974年7月と書かれており、登場人物も中学生。ということで、同じ時代の出来事の記録であろうと推測したものです。

また下の画像にある右屋の校舎は、僕が在学中(1979年4月〜1982年3月)に建て直されて新校舎になったので、少なくとも1970年代の中から後半と言うことだと思います。

▲右奥の校舎は80年ごろに建てなおされている。右屋は図書館。その間の奥に見えるのは若松市営住宅(現 津波避難ビル)

フィルムの冒頭に映るのは那覇中学の正門の映像には、第二十八回運動会と書かれています。これも少し謎なのですが、ネットを検索すると琉球新報ローカルblog「生徒たちが一致団結 那覇中学校 運動会」(2016年10月18日)という頁に、以下のような記述がありました。

平成28年度の第44回那覇中学校運動会が7月3日、同校グラウンドで開かれ、たくさんの家族が、生徒たちの演技や競技を楽しみました。

平成28年(2016年)に第44回ということは、運動会が毎年行われていると、44-28=16年前でちょうど2000年と言うことになってしまいます。それは8ミリフィルムということも考えると、さすがに最近過ぎます。運動会と文化祭が一年おきだったような気もする(卒業生としての記憶が曖昧)ので、さらに16年遡ると、1986年。これも少し新しい。こうなると学校のアルバムを歴史とか調べないといけないので、追跡調査をしていきたいと思います。

▲那覇中学の正門。「運動会」「第二十八回」という文字が読める。

ちなみに那覇中学校の正門は裏通りの住宅街に面しています。上の画像の右側には、当時まだ漆器の「紅房」の工場が建っていて、材木というか切り株が裏通りに積まれていたのを思い出します。

正門から入るとすぐに校舎があり、その先にグラウンド。その向こうに塀と裏門がありますが、その向こうは若狭大通りという大通りです。大通りに面した側が裏門といのも不思議な感じがします。

歴史を辿ると、那覇中学校は戦前は那覇市立商業学校(下の地図の黄の丸)でした。このころは正門側には鉄軌道が通る大通りがあり、現在の若狭大通りがある海側には大きな道がない、というよりは海が迫っていました。おそらくその名残りがあるのでしょう。

▲那覇の歴史民族地図より(昭和4年ごろ)

ちなみに前に紹介した那覇中学校の遠足風景1967年の遠足風景では、裏門から次々とバスが校庭に入ってくるシーンがあります。

» 【FILMS】那覇中学校 修学旅行

 

うと懐かしい校舎、建築物がいろいろ映っています。下の写真の「音楽堂」と書かれた建物は図書館です。ちなみに「音楽堂」というのも、この時代の運動会には欠かせないもののようで、様々な運動会にこの看板が見られます。

あと下の画像で言うと、図書館の後ろに「ツルマルマッチ」という問屋の看板が見えます。この建物ももう無くなっているので、地元の人間からするとちょっと懐かしいですね。

▲「音楽堂」が設置された図書館の校舎と、背後の「ツルマルマッチ」。

あと、周りの建物でいうと若狭大通りの薬屋の建物。ついこないだまであったような気がしますが、意外と亡くなってからずいぶんと経っています。何でもない建物ですが、覚えている卒業生は多いと思います。

(文:真喜屋力)

▲校庭の向こう側に見えた薬屋のアパート。

 

 

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